第39回(2020年度)向田邦子賞贈賞式
贈賞式では、橋部敦子氏が受賞の喜びを語り、池端俊策選考委員より賞状の授与が行われました。株式会社東京ニュース通信社 代表取締役社長・奥山卓からは、本賞の特製万年筆と副賞の300万円が贈られ、ドラマ「モコミ~彼女ちょっとヘンだけど~」を担当したテレビ朝日の内山聖子エグゼクティブプロデューサーも、お祝いのスピーチで祝福。さらに、このドラマに主演した女優の小芝風花さんがゲストとして駆けつけ、さらなる活躍に期待を込めて受賞を称えました。
【橋部敦子氏 受賞スピーチ】
この「モコミ~彼女ちょっとヘンだけど~」という作品は、自分が思い込んでいた世界から解放されていく女の子をやりたいというところから始まりまして、ジャンルとしてはホームドラマですが、今なかなかホームドラマを書かせていただく状況がなかなかテレビドラマではやりづらい中、みなさんのアイデアをいただきながら、主人公がモノとコミュニケーションがとれるという設定を加えていって、そしてもともと私が描きたいと思っていたことがより一層際立つ企画になって、自分が描きたいと思うことを込めさせていただいた作品でした。「モコミ~」という作品を書かせていただく場を与えていただき、本当にありがとうございました。
この作品は、土曜深夜枠のドラマだったんですけど、ずっと前から書いてみたいという思いがあった枠であり、初めて本気でナイト枠で書かせていただきたいです、ということを自分から言った企画でした。また自分が描きたいと思ったことを、プロデューサーやスタッフのみなさんがとても尊重してくださって、また役者のみなさんも自分の想像を超えた素晴らしい方に集まっていただけて、本当に幸せなお仕事でした。その上、このような賞までいただけて、本当に感謝の気持ちでいっぱいです。
4月に受賞の発表があり、本当にうれしくて、興奮と、今まで25年以上脚本を書いてきていろんな方のお顔が思い浮かんだりとか、一つ一つの作品を思い出す時間というか、その喜びとか、いろんな思いに3か月くらい浸っていました。ちょうど6月いっぱいまで休む予定だったので、その間一人で夢心地な中、向田邦子さんのエッセイや脚本などの作品を改めて読み返した時に、今まで気づいていなかった、私の言葉では表現し尽せないようなすごさを改めて感じまして、向田邦子賞という賞の重みを感じました。
そんな期間にどっぷり浸かって、今日のこの日というのは淡々としているというか、賞をいただいたのが遠い昔のような感じだったんですけど、またこの会場に入った瞬間、そして向田邦子さんのお写真の前に立たせていただいて、またじわじわと喜びが沸き上がっている、今です。このたびは本当にありがとうございました。
【「モコミ~彼女ちょっとヘンだけど~」主演・小芝風花さんより祝福コメント】
橋部さん、このたびは素敵な賞の受賞おめでとうございます。橋部さんとはこの作品で初めてご一緒させていただいたのですが、すごく自然に人の心に寄り添ってくださるような作品を描かれる方なんだなと思いました。
自分の世界にずっと閉じこもっていたモコミが、初めて外の世界に触れることで変化する姿だったり、それにともなってギリギリを保っていた家族の形が少しずつ崩れていく姿、そしてそれをみんなが受け入れて一歩ずつ踏み出していく姿をほんとに繊細に丁寧に描いてくださっていて、その繊細さがきっと見ている方をやさしく包み込んでモコミも勇気を出して一歩を踏み出したから、私もがんばってみようかなと、優しく背中を押してくださるような作品になっているんだなと思いました。
これからも橋部さんが描かれる繊細な人間模様をたくさんみたいですし、橋部さんが描かれる魅力的な人物をまた演じられるように、頑張りたいなと思います。このたびは本当におめでとうございます。
【質疑応答】
Q. 脚本家になろうと思った理由は?
橋部 脚本家になろうとした理由は、最初は積極的な理由ではなく、本当はダンサーになりたかったんですけど。
小芝 えー!!
橋部 短大を卒業した後OLをやっていたんですけど、月~金まで仕事が終わった後や土日もレッスンに通い、色々なイベントやショークラブ、テレビ番組のバックダンサーとか、活動を始めた時に膝の故障で断念しまして。OLを辞めて地元の名古屋を出て、ダンサーになるために東京に行く時に勘当されたみたいなことになったので、あっけなくダンサーの夢が破れた時に、すぐに名古屋に帰れることができなかったんですね。その後アルバイトをしながら、たまたま目の前で演劇の活動をしている人からやってみる?と声がかかって脚本というものに出会いました。もともとダンスをやっている時はテレビを観る環境ではなかったので、ドラマも映画も観なかったし、漫画や小説が好きだったわけでもなかったんですけど、なりゆきの中で脚本に出会い、その時に「おもしろい!これで食べて行きたい!」と思うようになりました。
Q. 向田邦子賞をどうしても獲りたかったという具体的な理由を教えてください。
橋部 脚本家になった時は、向田邦子賞という賞は雲の上の賞というか、自分には無関係な賞だと思っていたんですけど、2004年(17年前)の作品で初めてノミネートしていただいたんですね。その時にびっくりして、自分でも可能性があるんだ、と思った瞬間、意識に上がって、絶対にいつかいただきたい賞とずっと思ってきました。受賞した後にデスク周りを整理していたら、「モコミで向田邦子賞を獲る」と書いた付箋が出てきて、たぶんこの作品の脚本を書き始めた時に書いたと思うんですね。ただまったく記憶になくて。その時は賞に意識を上げて「獲るぞ!」という決意をその付箋に書いたと思います。やはり向田邦子賞は、脚本家なら欲しいと思う賞です。
Q. 向田邦子作品で好きな作品は?
橋部 「阿修羅のごとく」が好きです。人間の描き方が、同時に笑いと皮肉とか、温かさとシビアさとか、真逆の要素、2つの視点を同時にシーンに浮かび上がらせるところが素晴らしいなと思います。
Q. 主人公・モコミを演じるにあたり、どんなところに気を付けて演じましたか?
小芝 最初台本を読ませていただく前に、次の役はモノや植物と会話ができるという特殊な能力を持った役ですと言われて、コメディー作品なのかな?どういう作品なんだろうと思っていたんですが。いざ台本を開いてみると本当に繊細で、花やモノとしゃべれるというのも、傍からみたら特別な能力なんですけど、モコミにとっては当たり前の日常の中のことと描かれていて。それがすごく新鮮で、モコミはその能力を周りの人には理解してもらえないというのも理解しながら、苦しみながら自分の殻に閉じこもってしまった子でもあるので、気を付けて演じないと難しい作品なんだろうなって、私の中でもすごく挑戦だったんです。まだ役をつかみきれていないまま本読みを終えて、「私が演じたモコミどうだったでしょうか」と橋部さんにヒントをいただきに行ったんですが、「(脚本を)書き終えたらみなさんのものなので、好きなように演じてください」と言われて、すごくうれしい反面プレッシャーで。モコミという人物が秘めている、何を考えているんだろう、何を思って植物と対話しているんだろう、というのが無限に出てくるような、繊細かつシンプルに描かれている台本なので、橋部さんの意図をくみ取れているかとか、思い描いていたモコミ像になっているのかっていうのをすごく不安ながらに進んでいった記憶があります。でも今こうやってお話を聞かせていただいて、「モコミでこの賞を獲る!」と書いてくださった作品で本当に受賞される橋部さんの強さもそうですし、繊細ながらに前を向いて進んでいく力強さを台本からも感じ取れたので、今日この場にいられることがすごくうれしいです。
Q. 小芝さんの演技を見てどう感じましたか。
橋部 本読みという場で「これからはお任せします」とにっこりお伝えしたんですけど、やはり現場で監督や他の役者さんとのやりとりのなかで、モコミという役を作っていってくださるという信頼しかなかったので、その時はまだ迷ってらっしゃるなという印象でしたが、それに対して不安はなかったです。
Q. 小芝さんにとってモコミはどういう作品でしたか?
小芝 最近はコメディー作品に携わらせていただくことが多くて、表情や感情がわかりやすい、喜怒哀楽がはっきりしている役が多かったのですが、モコミに関しては、セリフも多いわけではなくて。だからこそちょっとした表情の変化で、観ている人に伝えたい思いと、受け取ってもらえるものが、丁寧に演じないと変わってきてしまいそうな気がして、丁寧に台本を読み込んで、監督とも細かいところまで話し合って進めました。私の中では今まで演じたことのない繊細さの持ち主の役だったので、挑戦させていただいた作品でした。
<橋部敦子氏プロフィール>
1966年 愛知県出身。1993年に第6回フジテレビヤングシナリオ大賞で「悦びの葡萄」が佳作に選ばれ、95年に「SMAPのがんばりましょう NAKED BANANAS」で脚本家デビュー。主なテレビドラマ脚本に「僕の生きる道」「僕と彼女と彼女の生きる道」「僕の歩く道」(いずれも関西テレビ)、「A LIFE〜愛しき人〜」(TBS)、「僕らは奇跡でできている」(関西テレビ)、「知ってるワイフ」(フジテレビ)などがある。
<向田邦子賞とは>
故・向田邦子さんがテレビドラマの脚本家として、数々の作品を世に送り出し活躍してきた功績をたたえ、現在のテレビ界を支える優秀な脚本作家に贈られる賞として、1982年に制定されました。主催は『TVガイド』を発行する東京ニュース通信社で、選考は歴代受賞者らによる向田邦子委員会が担当しています。前年度に放送されたテレビドラマを対象に、選考委員がノミネート作品を選定。本選を含めて4回の討議を経て受賞作品を決定しています。選考委員は池端俊策氏、冨川元文氏、大石静氏、岡田惠和氏、井上由美子氏(向田邦子賞受賞順)。