死後440年にわたり汚名を背負い続けた男の真実…商家と尼寺で育った異色の男の孤独な実像とは
垣根氏が今回挑んだのは、斎藤道三・松永久秀と並んで悪名高き備前の戦国大名・宇喜多直家の生涯。「悪人」である宇喜多直家を、垣根氏は「言われているほど非道でもなく、むしろとても現代的でモダンだ」と言い切ります。
いわゆる「武将」の枠をはみ出す異色の経歴。いち早く戦国の世において武士道的な非合理性より経済合理性を追求するその姿勢。かつて司馬遼太郎の『竜馬がゆく』が無名だった坂本龍馬の位置づけを変えたように、本作は日本史上の宇喜多直家の位置づけを転換させる大胆な解釈を施します。歴史好きの読者はもちろん、成長小説・恋愛小説としての読みどころも多く、何より読み応えのある第一級のエンタメに仕上がっています。
エンタメの雄だった垣根涼介氏が初めて歴史小説に転じて書いた『光秀の定理』では確率・数学を日本史に導入しました。次作『室町無頼』では「応仁の乱」前夜の、社会格差が広がり時の政権は無為無策の世間を平成当時の日本と重ねて描き、『信長の原理』では「パレートの法則」を援用し、徹底的な合理性を追求した果てに待っている組織の破綻について真正面から描きました。
歴史小説でありながら、現代性を強く感じさせる小説を手掛ける垣根氏の最新作『涅槃』では、前述のように「悪人」宇喜多直家にまったく新しい解釈を施しながら、ここでも現代的なテーマを描きます。
現在の岡山市は、かつて何もなかった場所に、宇喜多直家が計画的に城下町を設計したことからもわかるように、彼が経済合理的な感覚に優れていたこと、敵であっても有能と思えば家臣に迎え入れて重用したこと、さらに政治政略に縛られず結婚相手を選んだ自由恋愛主義者であったこと、などなど。いずれも武将らしからぬ振る舞いと思考、いかに直家が革新的・モダンな武将であったかが伝わります。
そして、毛利と織田という巨大な武門に挟まれた状況で、「大勝ちはできない、けれども負けない戦いを続けなくてはならない」その姿は、アメリカと中国に挟まれて、ひたすらもがいているこの国が置かれた状況と二重映しです。
その二大巨頭を天秤にかけたことで、結果宇喜多直家の悪名が青史に刻まれ、今に至ります。
合理的な商人の生き方に憧れつつも、零落した武門に生まれたことからその再興を義務づけられ、強い血の束縛を受け、生きたいようには生きられなかった悲劇の武将・宇喜多直家の生涯を圧倒的筆力で描きます。
『涅槃』上・下
著者:垣根涼介
定価:1980円(本体1800円+税10%)
発売日:2021年9月17日(金曜日)
上巻
https://www.amazon.co.jp/dp/4022517883
下巻
https://www.amazon.co.jp/dp/4022517891