1960年代から2009年に急遽するまで、ミュージシャン・ファッションディレクター・俳優として、時代のエッジを駆け抜けた大口広司の絵画作品の展示、また、彼が生きた奇跡を伝える写真の展示開催。
株式会社バジュラ(代表取締役社長:藤井一紀、本社:TEL:03-3464-4701、URL:http://bajra.co.jp/ )はミュージシャンの大口広司が生前残した絵画・写真の展示をbajra代官山(〒150-0035 東京都渋谷区鉢山15-5セダストーンヴィラ2F)にて開催。
●名称:『大口広司回顧展 ー大口広司という男を知っていますか?ー』 駆け抜けた肖像
●開催日:2023年6月2日(金)3日(土)4日(日)※最終日4日19:00より、ミニライブ開催
●会場:bajra 代官山(〒150-0035 東京都渋谷区鉢山町15-5 セダストーンヴィラ 2F)
●主催:bajra
■大口広司という男を知っていますか?
大口広司はかっこよかった。
1960年代のGSブームを牽引したテンプターズのドラマーとしてデビュー。当時、ジュリー(沢田研二)のタイガースと人気を二分したショーケン(萩原健一)のテンプターズでしたが、バンドのサウンドやヴィジュアルのキーマンは彼でした。その後、井上堯之、大野克夫、萩原健一、沢田研二、岸部修三(後の岸部一徳)といったオールスターが顔を揃えた伝説のバンド「PYG」(1971~1972年)にドラマーとして参加。
1971年ヘレン・メリルの息子アラン・メリルと結成した「ウォッカコリンズ」は、アランNYに帰国のため一時解散となるが、ムッシュ(かまやつひろし)やルイズルイス加部(加部正義)を迎えて1990年代に再結成。バンドは2009年に亡くなるまで続きました。
その他、数多くのアーティストのバックやバンドのサポートとして、ライブステージやレコーティングに参加。
大口広司は、日本ロック界をその黎明期より支えた重鎮でした。
大口広司はセンスの人だった。
テンプターズ時代、バンドのヴィジュアルの方向性を決めていたのはじつは彼でした。
そして東京の夜の街で遭遇する大口は、いつもスタイリッシュで、1970年代には菊池武夫率いる「BIGI」のコレクションで音楽を担当。
1980年代には東京ブランドの先駆け「YiN&YaNG」のサブブランド「insense」のデザイナーに抜擢され、その後、自らが立ち上げたブランド「Plactice of Silence」は当時『POPEYE』や『ハイファッション』『MR.High Fashion』といったファッション誌がこぞって紹介をしカルト的な人気を誇りました。
なにより大口広司はモテた。
面構えは強面でしたが女性を惹き付ける不思議なオーラを持っていた。
なぜかいつも美女たちに選ばれました。そしてその独特な存在感は映画界の名監督やTV業界の有名ディレクターたちにも愛された。たとえば岩井俊二や行定勲、園子温といった日本映画界を支える監督たちの作品にも、存在感のある役どころで出演。
『時間ですよ』『傷だらけの天使』『前略おふくろ様』といった大ヒットTVドラマにも、バイプレイヤーとして登場。なかでも『向田邦子の恋文』(2004年 TBS)では、主人公向田のパートナー役を好演。
俳優としての開花した才能を期待されましたが、2009年1月25日、多くの友人、ファンたちに惜しまれながらこの世を去りました。享年58歳。肝臓疾患による心不全でした。
じつは大口広司は画家でもあった。
そんな大口広司は生前、膨大な数の絵画を残している。今回、その中から選りすぐりの版画作品を中心に展示と販売。いずれも生前、本人がジークレール版画として作品化したものでもちろん直筆サインとエディション・ナンバー付き。更に大口広司の生きたあの時代を伝える写真たちも展示。
「稀代の伊達男・大口広司という男の生き様を、今を生きる人たちに伝えたい!」。
そんな思いとともに『大口広司回顧展』を開催します。
回顧展では絵・プリント作品を生前の彼の写真と共に展示販売します。
■6月2日(金)オープニング
「VODKA COLLINS」で活動を共にしたミュージシャンmichiaki(Ra:IN)によるアコースティックLIVE。
■6月4日(日)クロージング
「DONJUAN ROCK’NROLL BAND」の篠原信彦とAHによるLIVEを行います。